青山学院女子短期大学 Aoyama Gakuin Women's Junior College

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青山学院女子短期大学は、
1874年にアメリカの若き女性宣教師によって創設された「女子小学校」をルーツとし、
1950年、戦後の新しい時代に向けて、短期大学制度の先陣を切って設置されました。
日本の女子教育の最先端をにないつつ、6万人を超える卒業生を世に送り出してきましたが、
2022年3月に最後の卒業生、修了生を送り出し、72年の歴史に幕を下ろすこととなりました。
「愛と奉仕に生き、社会のあらゆる局面で積極的な貢献をなし得る覚醒した女性の育成」という教育理念は、
その歴史を閉じたのちも、卒業生の中に、青山学院の中に、社会の中に、いまも、これからも、生き続けます。

History

青山学院は三つの源流をもち、そのうち最も古い1874(明治7)年に始まる女子教育の歴史を引き継ぐ学校として青山学院女子短期大学は1950(昭和25)年に誕生しました。
以後、愛と奉仕に生き、教養教育を重んじ、社会に貢献する女性の育成を教育理念としました。

女子小学校時代

1874(明治7)年11月16日、米国メソジスト監督派教会女性海外伝道協会宣教師で23歳のドーラ・E・スクーンメーカーが、津田梅子の父、津田仙の協力を得て麻布で女子を対象とする英学塾を開きました。生徒7名の「暗き場所におけるまことに小さな光」でした。

海岸女学校時代

築地居留地に宿舎を備えた校舎を建て1877年1月、校名を海岸女学校と改めます。日本人教員と米国人女性宣教師が授業を担当し、19世紀アメリカで発展した、一般教養を重視する女子中等教育機関フィーメイル・セミナリーを、モデルに学校が運営されました。

青山女学院時代

1894年の明治東京地震で海岸女学校の校舎はほぼ全壊し、学校は青山に移ることになります。翌1895年、校名も青山女学院と改めました。高等女学科(高等普通科、高等女学部)を本科とし、1902年度から1919年度にその上級として英文専門科を設置していました。

青山学院高等女学部時代

青山女学院と青山学院とは学校の経営に関し別組織でした。1923年の関東大震災後の復興のため両学院は合同することになり、1927年、青山女学院は青山学院高等女学部と改称されます。1933年には高等女学部の専攻科が女子専門部として再発足しました。

女子専門学校時代

修業年限3年の青山学院女子専門部は戦後、教育を再開、1946年4月、青山学院女子専門学校と名称を改めます。文科(国語科)、外国語科(英語科)、家政科(保健科、1948年度より生活科)、そして1年制の家事専修科が置かれ、1950年度まで存続しました。

1950年開学

1947年に公布された学校教育法に対応して、青山学院は男子部の専門学校は4年制の共学の大学、女子専門学校は2年制の女子短期大学とすることを決定します。こうして1950年、文科国文専攻、文科英文専攻、家政科から成る青山学院女子短期大学が発足しました。

1960年代

入学定員250名で始まった本学でしたが、1962年、児童教育科増設、文科の国文科と英文科改組、1966年には教養科の新設で、60年代の終わりには入学定員は700名となり、専攻科の学生も含めると2,000名を超える学生が在籍する大きな短大へと発展しました。

1970年代

学生運動が1960年代後半~70年代初めに盛んになり、学院大学では60年代末活動は激化し、短大と大学の間に1969年に塀が設けられたりしました。女子の大学進学率(短大を含む)は、1970年の6人に1人から76年の3人に1人へと急増した時期でもありました。

1980年代

本学の人気は高く、一般入学試験の志願者数は1978年から1万人を超えるようになり、1986年には15,349名との数字(重複を含む)が残っています(『六十五年史 資料編』)。合格率は9.6倍となり、入学は容易ではありませんでした。1989年には芸術学科を新設します。

1990年代

男女雇用機会均等法が1986年に施行され、女子の四年制大学への志向が高まり、1996年には女子の大学進学率が短大進学率を上回ります。本学は研究力の強化、教育の充実、広報活動の推進をもってその独自性を高めることに力を注ぎました。

2000年代

学院内で大学と女子短期大学の統合化が問題となり、最終的には短大は独自に改組改革案を考えることになります。2006年には児童教育学科を3年制の子ども学科に改組しました。2003年に「外国人による英語のコーディネート授業」が、2007年には「健康教育授業を軸とした健康支援」が、文部科学省の特色ある大学教育支援プログラムに選ばれました。

2010年代

2012年、青短で育む現代を生きる女性に必要な“人間のちから”を掲げ、国文、英文、家政、教養、芸術の学科を融合した現代教養学科を立ち上げ、子ども学科との2学科制を開始しました。2014年には三つの認定専攻科(多元文化専攻、現代教養専攻、子ども学専攻)を設置しました。2017年、継続と発展のため、2019年よりの学生募集停止を決定しました。

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Department

1950(昭和25)年、文科(国文専攻・英文専攻)と家政科でスタートし、その後、国文、英文、家政、児童教育(2006年より子ども)、教養、芸術と学科を増設し、2012年、5学科が現代教養学科に統合され子ども学科との2学科制になりました。

Educational Features

開学当初から教養教育が重視され、各学科の専門科目以外に全学共通の一般教育(共通教育)科目が充実していました。
また、創作や表現といった感性を育む授業や、実験・実習、スタディツアーやフィールドワークなど、座学にとどまらない多彩な授業が展開されました。

Campus Life

授業以外の活動を通じて、かけがえのない友情や貴重な体験を得ることができるよう、さまざまなプログラムが用意されました。
また学生の自治組織・学友会のもと、青山祭やクラブ活動など学生主体の行事や活動が活発に行われました。

Campus

戦後、米国メソジスト監督教会婦人外国伝道局からの寄贈金により再建された短大の前身・青山学院女子専門学校の校舎から始まり、学科増設・定員増加に伴い教育研究環境が整備されていきました。
都心にありながら緑あふれるキャンパスは学生生活を豊かなものにしました。

Message

歴代学長から寄せられたメッセージです。
一部、執筆された原稿から引用しています。

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70th anniversary

メモリアル動画

2020年度に行われた「青山学院女子短期大学 70年の歩みを感謝する集い」のために制作したメモリアル動画より一部を抜粋しました。

70周年記念ギャラリー展