Home > ニュース
ニュース・トピックス
2008/07/31 津田仙・初夫妻の肖像写真が寄贈されました
![]()
| このたび、青山学院建学の恩人・津田仙の直系の曾孫である津田守様(校友)を通じ、在米日系人・安孫子家のリリー・アビコ様より、津田仙没後100年を記念して津田仙・初夫妻の額入り肖像写真を本学院にご寄贈いただきました。 | |||||||||||||
|
|||||||||||||
リリー・アビコ様は、津田仙の五女余奈子の息子の妻(仙の義孫)となった方です。この写真は、余奈子が結婚のためサンフランシスコに渡航した時に持参し、強制収容などで在米日系人社会が混乱した太平洋戦争期を無事乗り越え、一世紀近い時を経て、再び日本の津田家に戻ってきました。これは従来本学がさまざまな場面で使用していた写真のオリジナルであり、時代的に見ても(明治39年ごろ撮影か?)ガラス乾板写真を現像した貴重なものです。 津田仙は明治期に活躍した人物です。進取の気性に富んだ人で、蘭学・洋学を学び、外遊を通して西洋文化から大きな影響を受けました。特にキリスト教に興味を持ち、夫婦共に受洗して、初期の青山学院を支えるため尽力しました。また、欧米の先進的な農法の研究・普及に努め、農業の近代化に力を尽くしました。教育問題や社会問題にも関心を寄せ、本学院以外にも女子教育・障がい者教育のための学校創立に関わり、禁酒禁煙運動にも奔走しています。明治30年代(1897~)に関わった足尾鉱毒事件では、仙がシカゴ万博(1893年)で買い求めた写真機で渡良瀬川下流の鉱毒地を撮影・現像したものが、当時の被害状況を伝える唯一の写真記録となっています。今回ご寄贈の写真も、もしかしたらこの同じ写真機で撮影された可能性があります。 → 津田仙の紹介ページへ 余奈子は仙が亡くなった翌年の1909年、アメリカ在住日系移民のリーダーとして、また在米日本人クリスチャンとして指導的役割を果たしていた安孫子久太郎と結婚し渡米しました。余奈子もまた結婚後日系アメリカ人コミュニティでの女性リーダーとして活躍し、1944(昭和19)年、終戦を待たずフィラデルフィアで亡くなっています。 |
|||||||||||||
|
資料センター
|
|||||||||||||







