青山学院ものがたり

青山学院のクリスマス・ツリーにまつわる歴史

クリスマス・ツリー点火祭は、1977年12月2日、当時の学院宗教部長佐々木蔵之助先生の提唱によって始められたものです。当時の「青山学報」記事を引用してみましょう。

「・・・従来、この頃から、本部前のクリスマス・ツリーに美しい灯がともるのですが、今年は、このクリスマス・ツリー点火を幼稚園・・・から大学生までを含む青山学院全体の記念行事とすることとし(中略)意義深い点火祭を守ることになりました。」(「青山学報」86号 1977年12月15日)

この「本部前のクリスマス・ツリー」というのは、現在も使用されている間島記念館前ロータリーのヒマラヤ杉のことです。この木がいつからクリスマス・ツリーとして飾られるようになったのかは記録が見つからずはっきりしませんが、すでに1961年度大学卒業アルバム(1962.3刊)の写真にクリスマスの電飾がつけられたヒマラヤ杉が見られます。
ヒマラヤ杉自体は戦前の写真には見られないので、戦後に植樹されたものと思われます。


  • 1961年度大学卒業アルバム
    (1962.3刊)より

  • 1965年度大学卒業アルバム
    (1966.3刊)より

ここで、本学で最も古い「クリスマス・ツリー」についての記録をご紹介したいと思います。以下、1922年刊行『青山の学風』からの引用です。

「今日の弘道館前の築山の傍に当るそうであるが、そこに数株のスコッチ・ファー[Scotch fir = モミの木]が立っていたとのことである。
私の調べた範囲ではよほど古いもので誰が植えたものであるかしかとは判らぬ。多分開拓使時代からのものであったろう。ところがこの木の地点がちょうどグラウンドの東南隅に位していて場所もよく、また寄宿舎より眺めると姿もよく見ゆるので、誰いうとなくこれを“クリスマス・ツリー”と称するに至った。」


現在の記念館付近から南西方向を望んだ明治30(1897)年頃の青山キャンパス。右手にスコッチ・ファーと思しき木が数本立っている。
寄宿舎は、この写真からはずれた右側にあった。


スコッチ・ファーの輪切り
生徒たちはこの“クリスマス・ツリー”の四季折々に美しい様子を愛で、運動後に木陰で涼んだり、木の下で祈りの集まりを持ったりしたそうですが、残念なことに1906年弘道館建設の際、作業員がそのそばで火を燃やしたために枯れてしまったそうです。
資料センターにはその木を輪切りにしたものが往時をしのぶ資料として収蔵されています。

また、1934年1月29日の旧「青山学報」118号には「凍る宵、屋外のクリスマス」と題してこんな記事が載っています。

「昨年末24日校庭図書館前[現・間島記念館]において・・・午後6時から屋外の楽しいクリスマスの式が行われた。(中略)図書館前の松樹は赤青の豆電灯や、小型万国旗で飾られ、枝々は純白の真綿で飾られた。」

松の木に万国旗、というのが時代を反映していてなかなか面白いと思います。


クリスマス・ツリー(1934年)「青山学報」より
青山キャンパスにそびえる大きなツリー、相模原キャンパス礼拝堂のステンドグラスに映える2つのツリーたち。それぞれに趣の異なるクリスマス・ツリーは、闇に輝くその美しいイルミネーションで、本学に通っている人々だけでなく学院の外を行き交う方々の目をも喜ばせてくれます。